(day38)職場復帰の目処をたてる

お題の通りでございます。

朝、技師長にお話をして、少しだけ仕事をさせてもらえるようにお願いしました。

 

基本的な治療のスケジュールの話ですが、

抗がん剤治療は3週間を1セット(1クールと呼ぶ)として、それを何周か続けることで腫瘍の縮小を目指します。

1つのクールは最初の5日間が最も肝心で、5日間連続の抗がん剤投与。

その後は通院で退院3日後と10日後の2回、抗がん剤投与。

あとは骨髄抑制の程度を知るために採血の検査と先生の診察が適宜。

一般的な流れはこうです。

 

勤務希望はクールの最後の11日間にしました。入院中は勿論休職です。

個人的に辛いのは最初の5日間と退院後5日間くらい。

それを過ぎると、身体の動きには何一つ不自由なく過ごせます。

2クール経過したので、体調変化の傾向を朧げながら掴めてきました。

これ以上動いたら翌日に響く。といった匙加減がなんとなくわかりました。

癌になる前は、仕事が億劫でわざとズル休みする日もありましたが(笑)、

今では、仕事がしたくてもできない気持ちが少し分かり、

「サボりは良くない。」

と、思えるようになると同時に、

「働きたい」

という気持ちになっています。

仕事ができる身体であることの有り難さを、働くことで実感したいのでしょう。

 

もう一つ、

「働きたい」

という気持ちの最たるものは、社会との繋がりを求めているところです。

一人暮らしなもので、自分からアクションを起こさない限り、誰かが話しかけてくれることはあり得ないのは大学時代からよく知っています。

しかし、治療の倦怠感からか、なんだか部屋から出たくない、引きこもりたいと鬱のような気持ちになる日があると、それは引きずります。鬱傾向は精神的にも、誰とも喋りたくないという謎の心情を起こさせます。

結局のところ、重い腰を上げて外に出てみれば、自分の身体が思ったよりも軽く、外界は友好的です。

もちろん仕事する上で人間関係のストレスもつきものです。

それを全部含めて、病院、地域の社会の一員であるということは、それだけで幸せなことなんだなあ。

今ままではどこか、人間関係よりも技術職というプロ意識が走りすぎていましたが、何事も中庸が肝要なのでしょう。

 

 

 

働くのはもちろん、貯金がそこをつくかもしれないという不安からもきています。

ご飯を奢ってもらったり、お見舞いでよくしてもらったり、と色々恵まれている方です。

それでも、僕は元来金遣いは荒い方に属するのです。

趣味はお金がかかるものが多く、自炊:外食は1:1位。自炊もお金をかけてしまうもので、一寸先は闇なのです。

かといって腹の足しに餅を食い散らかしてそれ以外は寝る。といった節約生活スタイルでは確実に心身健康に害であることは目に見えているのです。

そうならないためにも、働ける時に働ければラッキーなのです。

 

 

今回の復職の相談にあたり、

必ず体調を第一に考え、絶対に無理をしないように。

これは、技師長に口酸っぱく言われてますし、自分でも心がけます。

また、技師長とは話の中で、できるだけ動作の少ない業務を選ぶように。

との指示を頂きました。

野戦病院で体力勝負な職場故、思わぬトラブルによる状態悪化や患者との接触による感染症といったリスクも考えられます。

技師長の細やかなご配慮に感謝します。